2011年6月27日月曜日

2011年6月24日金曜日

歌をつくるということ

今日、笠木透さんの歌作り講座があった。


講座といっても、歌詞はこう書けとか、曲はどう作れとかって話は一切なし。


なぜ歌を作るのか、といった歌に向きあう姿勢を問うものだった。


 


 特に今回は、先の震災を経て、改めて「歌をつくる」ということの意味をみんなで考えようという笠木さんの思いから企画された。


 


笠木さんは、


「人が、苦しいとき、悲しいとき、どうしようもないときに役に立つ歌であるかを、我々は問い続けなくてはならない」


と述べ、小那覇舞天(おはなぶーてん)さんという人の話をしてくれた。


 


小那覇舞天(おはなぶーてん)さんは、終戦後間もない沖縄の家々を、三線をかついで「さぁ、歌をうたいましょう」といって回った。


みんなが悲しみに暮れ、歌どころではなかったことは容易に想像がつくが、彼は


「あなたはまだ不幸な顔をして、死んだ人たちの年を数えて泣き明かしているのか。生き残った者が生き残った命のお祝いをして元気を取り戻さないと、亡くなった人たちも浮かばれないし、沖縄も復興できないのではないか。さあ遊ぼうじゃないか」


といって家々を回ったという。


 


とらえ方によっては不謹慎極まりないし、亡くなった人たちが浮かばれないという考えも生き残った人間のエゴかもしれない。


しかし、結果として彼のこの行動は、多くの人々の心を救った。


 


 


 


その他にも、笠木さんはこんな歌も紹介してくれた。


 


『釜石小学校校歌』



いきいき生きる いきいき生きる
ひとりで立って まっすぐ生きる
困ったときは目をあげて
星を目当てに まっすぐ生きる
息あるうちは いきいき生きる


 


はっきり話す はっきり話す
びくびくせずに はっきり話す
困ったときはあわてずに
人間について よく考える
考えたなら はっきり話す


 


しっかりつかむ しっかりつかむ
まことの知恵を しっかりつかむ
困ったときは手を出して
ともだちの手を しっかりつかむ
手と手をつないで しっかり生きる


 


 


震災後、釜石小学校は避難所として使われた。


被災者やボランティアの方々、皆で毎朝ラジオ体操の後にこの歌を歌ったと言う。


小学生でもわかる言葉で、人として本当に必要なことが語られている。


私は、作詞者の名前を聞いて「さすが」と思った。


興味のある方は調べてみてください。


 


 


 


 


歌に向き合うためにブレてはいけない「芯」を学ぶことができた、とても有意義な講座だった。



2011年6月12日日曜日

家作り

今日は、親友のナベがHOS HOUSEに来た。


目的は家作りについて話をするため。


 


彼も今家作りを考えているらしく、土地が決まっていよいよ家を検討しているとのこと。


しかも、HOS HOUSEとおなじ小川原設計に依頼するつもりらしい。


彼とはなにかとウマが合うのだが、まさか家作りまで同じ指向をもっていたかと思うとなんだか嬉しい。


 


結局3時間くらいあれやこれやと話をして、私が買った大量の家作りに関する本を押しつけてお開きとなった。


 


家作りは時間も手間もお金もかかるけど、楽しんでいい家ができることを願ってます。


設計図できたら見せてね。


 


 



2011年6月11日土曜日

ユリの木コンサート手伝い

今日は音楽仲間の吉良健一郎さん主催のコンサートがありました。


私は、音響担当としてお手伝いさせていただきました。


 


今回のコンサートで印象的だったのは、演奏する曲の歌詞カードを配り、かつ会場の照明も歌詞が読めるようにつねに点けておいたという点です。


コンサートの雰囲気としてはちょっと違和感がありましたが、今回は吉良さんのオリジナル曲が中心であり、歌詞もしっかり理解して聴いてほしいという意図があるとお聞きして納得しました。


 


歌う側の自己満足で披露するだけでなく、聞き手に傾聴してもらうための配慮。


なかなかできるものではありません。


 


見習わないとならない姿勢です。